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嚥下訓練は、言語聴覚士が嚥下障害のある患者さんに対して行う訓練の一つです。
言語聴覚士が対象とする主な障害の一つに、摂食・嚥下障害があります。
嚥下訓練は、摂食・嚥下障害の回復や予防を目的に、言語聴覚士が患者さんに対して行う訓練です。
今回は、言語聴覚士として働いている方やこれから活躍する方のために、嚥下訓練の目的や実施方法について紹介していきます。
目次
言語聴覚士が行う嚥下訓練の目的
摂食・嚥下障害の主な原因は、加齢による筋力の低下や、神経筋疾患、脳血管疾患などによって起こる、嚥下機能の低下です。
嚥下訓練を行い、嚥下機能の低下を防ぎ、あるいは向上させることで、患者さんが食事を楽しめるようになったり、栄養状態が改善したり、誤嚥性肺炎を予防できたりといった効果が期待できます。
安全に食事を楽しみ、栄養を摂取してもらう
嚥下機能の低下によって起こる「食事が飲み込めないかもしれない」「好きなものが食べられない」などの悩みは、患者さんにとって深刻なものです。
このような状態が続いてしまうと、患者さんが食に対して消極的になり、経口摂取の量が減って、脱水や低栄養のリスクとなります。
食事量が少なくなればさらに嚥下機能が低下し、窒息の恐れも高くなるでしょう。
嚥下訓練では、患者さんの障害に合わせながら、安全に食事が取れる状態をめざして実施することで、本来の食事の楽しさを思い出したり、食事量が増えることによる栄養状態の改善が期待できます。
誤嚥性肺炎の予防
誤嚥性肺炎とは、食べ物や口腔内の細菌が、嚥下機能の低下などが原因で気管を通って肺に入ってしまい、炎症を起こした状態のことです。
誤嚥性肺炎を含んだ肺炎の死亡率は、2021年時点で第5位となっています。
若い方や免疫力がある方は重症化しないことが多いですが、高齢者や寝たきりなどの免疫力が低い方にとっては、一度罹患してしまうと予後への影響も大きい症状です。
嚥下訓練を行うことで、食べ物などの誤嚥を防ぎ、誤嚥性肺炎の予防効果が期待できます。
言語聴覚士の嚥下訓練前に行う嚥下障害の評価
嚥下訓練はその人の障害の程度や原因に合わせて行うため、実施前には嚥下評価の確認が必要です。
嚥下機能の評価方法としては、以下のようなものがあります。
・病歴や問診:
現在の嚥下状態(飲み込みにくさやむせの有無など)や今までの病歴(肺炎の有無や脳血管障害、神経筋疾患など)を確認します。
・スクリーニング検査:
実施する検査は以下のとおりです。
- 反復唾液嚥下テスト(RSST):30秒間の嚥下回数を測定
- 水飲みテスト:3~5mlの水を飲んでもらい、嚥下の状態やむせなどの有無を確認
- 頸部聴診:食べ物を嚥下する際の、咽頭部の嚥下音や呼吸音を聴診
- 食物テスト:ゼリーなどの食べ物を食べてもらい、嚥下の状態やむせなどの有無を確認
- 簡易嚥下誘発試験:鼻腔からチューブを入れ、水を咽頭に注入し、嚥下の誘発とむせの有無を確認
・嚥下造影検査(VF):
造影剤を混ぜた食事をX線をあてながら食べてもらい、食べ物の咀嚼の様子や嚥下機能の動きや様子を評価します。
・嚥下内視鏡検査(VE):
鼻腔から内視鏡を挿入した状態で食べてもらい、嚥下状態を確認する検査です。
言語聴覚士が行う嚥下訓練内容
言語聴覚士が行う嚥下訓練には、食べ物を使わない間接的嚥下訓練と、食べ物を使用する直接的嚥下訓練があります。
嚥下訓練を行う際には、意識レベルの確認を行い、嚥下しやすい姿勢を保持し、食べやすい食事形態や声かけといった食事環境の配慮なども一緒に行いましょう。
間接的嚥下訓練
間接的嚥下訓練は、食べ物や飲み物を使用せず、マッサージや運動などで嚥下機能に関わる器官を刺激したり訓練することによって、嚥下機能の維持や改善を図るものです。
誤嚥のリスクが高く直接嚥下訓練の実施ができない患者さんに対して行うほか、実際に経口摂取をしている患者さんに対しても、食事前の準備運動の際に実施されます。
間接的嚥下訓練の内容として、一例を紹介していきます。
嚥下器官の訓練とリラクゼーション
・嚥下体操:
嚥下に関わる部位(頸部、肩、口唇、舌、頬)を中心にした体操です。
【方法】
- 頸部を前・後・横に順番に倒し、最後にゆっくりと回す
- 肩を上下させ、肩の力を抜く
- 下顎を開いたり、尖らせたり、横に引いたりする
- 舌を左右に動かしたり、出したり引っ込めたりする
- 頬部を膨らませたり、口を大きく開けてパ・タ・カと言う
・ブローイング訓練:
鼻咽腔閉鎖不全や機能低下に対する訓練です。
【方法】
水を入れたコップにストローを入れ、ストローを強く吹いたり、弱く吹いたりする。
他にも頭部挙上訓練や喉のアイスマッサージ、舌前方保持訓練などさまざまな訓練方法があります。
患者さんの希望や状況に合わせて行っていくと良いでしょう。
誤嚥防止訓練
誤嚥防止訓練としては、以下のような方法があります。
・息こらえ嚥下:
嚥下中の誤嚥を防ぐことが目的です。
【方法】
鼻から息を吸い、そのまま唾液を飲み込む。
その後、口から息を吐く。
・プッシングエクササイズ:
上肢に力を入れる運動を加えることで、反射的に声門の閉鎖を促すことが目的です。
【方法】
強い発声をしながら、机や壁を腕などの上半身で押す。
直接的嚥下訓練
直接的嚥下訓練とは、実際に食べ物を使って嚥下機能を高める訓練のことです。
直接的嚥下訓練は実際に食べ物を使用して嚥下を行うので、窒息や誤嚥を防ぐために、医師・歯科医師の指示のもとで行わなければなりません。
ここでは、直接的嚥下訓練の開始基準や訓練のポイント、観察項目を説明します。
直接的嚥下訓練の開始基準・中止基準
ここでは、直接的嚥下訓練の開始基準と、中止基準を見ていきましょう。
直接的嚥下訓練の開始基準は次のとおりです。
- 意識レベル:JCS1桁
- 全身状態が安定している
- 呼吸状態:SpO2が95以上かつ呼吸回数20回/分未満
- 嚥下反射がある
- 口腔内の状態が清潔
直接的嚥下訓練の中止基準は以下になっています。
- 頻回なむせや湿性嗄声がある
- 発熱
- 痰の増加
- CRP、WBCが高値
- 意識状態や全身状態の悪化
中止基準に相当するような症状が出現した際には、訓練を一度中断し医師に報告しましょう。
直接嚥下訓練のポイント
直接嚥下訓練を行う際のポイントは、以下の3点です。
・姿勢を調整する
直接訓練を実施する前に、対象患者さんのADLや障害の程度により、食べ物を飲み込みやすくかつ誤嚥予防になる姿勢(リクライニング位)に調整します。
・食事の環境づくり
誤嚥の防止のために、患者さんが食事に集中できるような環境を整えます。
例えば、テレビを消したりカーテンを閉めるなど、注意が散漫してしまう要因を排除したり、食事中には食べ物を飲み込んだことを確認してから話しかけるなどの配慮をしましょう。
・食器や食事形態の調整
一口の量を適切にし、患者さんが食べやすい食器を使うことが大切です。
例えば、スプーンを使用する場合は、持ち手が太く持ちやすいスプーンを使用したり、薄く平たく小さめのスプーンを選ぶようにしましょう。
また、嚥下機能に合わせて、食事にとろみをつけたり、ミキサー食など適切な食事形態を選びましょう。
直接訓練中の観察項目
直接嚥下訓練中における観察項目は、以下のとおりです。
- 全身状態の観察(顔色、呼吸状態、覚醒状態)
- 口腔内状態の観察(食物残渣の有無、口腔乾燥・ケアの状態)
- 食事状態の観察(食事をこぼしているかどうか、食事摂取量、一口量、食事ペース)
- 嚥下状態(むせや咳、湿性嗄声の有無、呼吸や声の変化の有無)
訓練中は観察項目を注意深くチェックし、患者さんの体調に異常が見られた場合には、すぐに医師に報告しましょう。
安全な嚥下訓練を実施できる言語聴覚士になろう
嚥下訓練は、患者さんが嚥下機能を維持・回復し、安全に食事を楽しむために重要な訓練です。
実施する際には、どの患者さんにも同じ方法を取るのではなく、患者さんの状態に合わせた訓練を行います。
また、訓練中に患者さんが誤飲することのないよう、適切な方法で実施しなければなりません。